明日をつくろう!夏堀めぐみとともに明日をつくる会|北海道釧路市

その他 2023.03.28

こんにちは、夏堀めぐみです!

こんにちは。
私は、なつぼりめぐみと言います。
このnoteを読んでくれている方の中には、「久しぶり!」の方だけではなく、「初めまして!」の方もいると思うので、今回は私のこれまでを振り返りながら自己紹介をさせてください。

幼少期とおうちのこと

私は、1986年に釧路市で産まれました。
4人兄弟の3番目、次女です。

左から二番目が幼き日の私です

私の家はお米屋さんを営んでいましたが、ラーメン好きが高じて、当時47歳だった父がラーメン屋夏堀を立ち上げ、夏堀家の周りはさらに賑やかに。
ラーメン屋夏堀もかれこれ創業して25年となりますが、父から兄に代替わりしてからも、たくさんの常連さんが通ってくださっています。

創業当初のラーメン屋夏堀。現在は春日町に移転しました

高校卒業まで

小中学校とすくすく育ち、釧路湖陵高校へ進学。

高校では、部活見学の際、華麗にジャンプシュートを決めている女子ハンドボール部の先輩に一目惚れし即入部を決意。キャプテンを務めていました。

修学旅行での1枚。眉毛の薄さが当時の流行を窺わせます

大学進学〜就職

高校を卒業後、初めて釧路を離れて憧れの札幌へ進学します。

北星学園大学へ進学し、サークル活動では、これまた中庭で踊る先輩の輝きに一目惚れし、よさこいサークルに入部。青森、仙台のお祭りや台湾でも踊らせていただくという貴重な経験をしました。

大学卒業後はニトリに就職。主に店舗アルバイトの皆さんの管理、キャンペーンの推進などを担当していました。

その後、ニトリを退職し、「実家のラーメン屋を盛り上げたい!きっと家族も自分も幸せになる!」という思いから、釧路市に戻りラーメン屋夏堀で働くことになりました。

ニトリ時代にお世話になった方々と

クスろをはじめとする様々なプロジェクトへの挑戦

当時のラーメン屋夏堀は13席しかない小さなお店。日々近い距離でお客さんと接する中で、釧路の魅力や面白さを実感する機会が増え、「自分も釧路で面白いことがしたい!」と思うように。
そして2014年、高校時代の同級生と共に、「市民団体クスろ」を立ち上げることとなりました。

他にも、クスろには様々なメンバーが所属しています

クスろでの最初の活動は、釧路の価値と課題をみんなで考えるワークショップ。
そこで出たアイデアをもとに、釧路の魅力的な人々を発信するコンテンツを制作したり、実際にその人たちと出会い、友だちや親戚のような関係になるイベントを企画しました。

また、私が描いたイラストをモチーフに、釧路のお土産を作ったこともありました。

市民団体「クスろ」のグッズの数々

2015年、釧路の若者の投票率向上を目的とした市民運動「サーセンキョ!プロジェクト」を始動。
釧路市役所の前庭をお借りして、政治や選挙をもっと身近に感じてもらおうというイベントを開催しました。

また、2016年には釧路市と市民有志による共同団体「釧路わかもの△カイギ」を立ち上げ、初代代表に就任。

釧路公立大学で開催した若者が住みたい街を若者自身で創造(想像)しよう!という趣旨の「釧路わかもの△カイギ」には、100名以上の方に来場いただき、賑やかなアイデアが飛び交う場となりました。

翌年2017年には、クスろと「くしろソーシャルデザインネットワーク」の共同団体「クシロソーシャル大学」を設立しました。

そこでは釧路のまちづくり活動について、参加者同士の学びと対話での交流を目的とし、勉強会や交流会を開催しました。

最近では、気候変動について学ぶイベントを開催いたしました

この頃から、イラストレーターとしてもお仕事をさせていただくようになりました。

私の絵を好きだと言ってくれる人たちの似顔絵、子ども向けイベントの告知イラスト、書籍の挿絵、Tシャツやエコバッグといったグッズ制作など、たくさんのお仕事を経験させていただきました。

また、子ども向けITスクール事業「釧路ロボティクスラボ」を創設したのもこの頃。

目まぐるしく変化していく社会の中、子どもたちと新しい技術を学んでいくことに価値を感じる日々でした。
子どもたちの、だれかをびっくりさせたい!喜ばせたい!と、面白がりながら楽しく学んでいる様子は可能性に満ち溢れていました。

長女の出産と子育て

釧路で地域に関わる事業に取り組んだ後、2019年に一度釧路を離れ、都内のアパレルベンチャーに就職。47都道府県を巡り、イベントや店舗運営、お問い合わせ対応などを担当していました。

その後、2020年に長女を出産することになります。

長女のきゅうです

長女の子育ては、私にたくさんの気づきと喜びを与えてくれました。
その一方で、子育てという人生で初めての経験は、私にとって困難の連続でした。

全身が痛い、眠れない、まともに食事ができない、家事が溜まっていく……。
そして、ニュースなどで見聞きしていた子育てを取り巻く様々な現実が、私にも降りかかってきたのです。

コロナの影響でママ教室などが軒並み中止、仕事と子育ての両立の難しさ、つのる不安や孤立感。

そんな私と長女を支えてくれたのは、家族や地域の人だけではありません。
遠く離れた釧路にいるお世話になった人たちも私たちを支えてくれました。

この頃、自分一人だけで子育てを行うことが難しいと強く感じるようになった私は、頼れる人たちのいる故郷釧路に戻ります。

長女との2人きりでの生活は、大変なことも多くありますが、そんな時にいつも力になってくれているのは釧路にあるコミュニティです。
家族や友人だけではなく、子育てに励む同年代の親たち。暮らしや子どもの専門家の方々。

そんな方に支えられて、私たちはいま、釧路で暮らしています。

いまのわたし、これからのわたし

私はいま、子育てをしながら、イラストレーターとラーメン屋での仕事を掛け持ちしています。

目まぐるしく過ぎる日々の中、釧路で暮らすみんなが支えあい、手をとりあって生きていく、そんな未来を描くようになりました。

「おたがいさま」の関係をつくり、一人ひとりの幸せを実現していく。
私が、私たちが目指す釧路の未来。

そのビジョンの実現に向けて一歩を踏み出すことに決めました。

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